伝統建築のニアス島の部落。高台に広がる集落でしっかりした建築は地震にもびくともしない。長年の経験から災害を避ける知恵があったとしか思えない。しかし、ここへ到達するには自分の足だけがたよりだ。
by niasu05
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スマトラ・ニアス島地震復興支援プロジェクト

English Here
二アスのDumanさんが三鷹にやって来る!ニアスを知るチャンス!

 「MISHOPスタディツアーの会」スマトラ地震被災者支援プロジェクトチームの有志6名は、2005年7月17日スマトラ・メダン入りした。現地協力NGO-LPAMと調整のうえ、19日、2度の震災で大きな被害を出したニアス島へ飛んだ。
 現地被害状況調査の結果、被害のあった簡易水道補修支援などが対象になった。沢山の市民から支援の募金と期待を受けてのプロジェクトだけに、現地入りしたメンバーは緊張した。主な宿泊先を失ったニアス島では、NGOのご好意で事務所の一角へ泊めて頂くなど温かく迎えてくれた。この支援によって、約2.000人以上の被災者に清潔な水の供給ができたのだった。
 以下は現地の被害状況と被災者復興支援が行われた報告と記録です。


プロジェクト概要
「市民が考える国際協力」シンポジュームが開催されました。
第2次二アス支援検証&交流訪問が実施されました。
メデア掲載記録
2006年9月9日(土)読売新聞武蔵野版に掲載された記事。

*記録写真
ニアス島被災地の状況
簡易水道状況調査
簡易水道支援の調印
手押しポンプの支援調査と調印
現地メデアの取材と報道紙
ニアス島での民際交流
現地協力NGO-LPAMとスタッフ
プロジェクト参加メンバー

ニアス島民族とは
ニアス島の生活、伝統文化と建築
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↑ニアス島の地図。津波に襲われた島の右上は道路が破壊され行くことができなかった。左下半分が今回の支援対象地域となった。
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↑主要道路の破壊した鉄橋。こわごわ渡った。
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↑島の中央部の主要道路もこの状態。支援物資を運ぶのも困難だ。ワイヤーをかけジープで引いて脱出。2回こんなことが続いた。
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↑木材で仮ごしらえの橋ではトラックが次々と脱輪。トラックが転覆しているのも見た。
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↑島の中心都市(人口7万人)グヌンシトリの街がなくなった!瓦礫が整理され街の元の姿は想像もつかない。
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↑地震の爪痕。至る所の景色だ。木造家屋の方が死者が少なかった。多くの人が余震を恐れてテントで寝泊まりしていた。
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↑バウォラト避難所。海岸丘陵の漁民の村は水没した。先の方向が定まらないまま避難生活を強いられていた。
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↑高台の部落の一角に避難したヒリガノウォ村を視察。避難民は簡単な仮住居を造って住んでいた。テントより快適?
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↑避難民から状況説明を聞く。
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↑水圧が低くほとんど水がこない。ごく一部だけにチョロチョロの出があった。
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↑洗濯は海辺の洗い場まできつい坂を上り下りしている。洗濯は海水。
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↑地震で被害を被った簡易水道管を一つひとつ丹念に調査しチェック。
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↑延々5〜6キロ難儀しながらも、ようやく水源貯水槽にたどり着く。溢れる汗に蚊の攻撃で閉口した。さすがに疲れた!
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↑水槽の中。水が少ない。地震で水脈が変化したようだ。
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↑水道工事設備屋を交えて部品や工事の見積もりの交渉。西田リーダーの粘り強さには感服!
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↑幾多の難関を突破していよいよ調印。立ち会いの現地NGO-LPAMの事務所で行われ、メデアも取材にきた。西田昌之リーダーから支援金が渡された。村民は労働力を提供し力を合わせて復興への決意表明!支援がきっかけになって勇気が湧いたようだ。
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↑メンバー委託の文房具、老眼鏡などを新津教授アドバイザーから寄贈された。特に老眼鏡は大変喜ばれた。
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↑無事調印式が終了。協力スタッフと記念写真。
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↑ユカタを着て挑んだメンバーが、現地語でブンガワンソロなど数曲歌の披露に皆感激!
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↑村民代表が感謝を込めて歌を披露してくれた。緊張がほぐれお互いの心とこころが通じた瞬間でした。
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↑掲載された記事。

プロジェクト概要
「市民が考える国際協力」シンポジュームが開催されました。
第2次二アス支援検証&交流訪問が実施されました。

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      『スマトラ沖地震被災者支援委員会プロジェクト』
        —市民社会の国際協力 2005年ニアス島での支援—

プロジェクト実行委員長:西田 昌之

 2004年、私たちがインドネシアでのスタディツアーから帰国して数週間後にスマトラ沖地震が起きました。発生直後のスマトラ沖地震のニュースを知り、私たちも何らかの支援を行いたいと考えていました。しかし、その後、援助合戦の様相を呈していた国際援助は、被災国の内紛や国際NGO等への援助制限などを受け、支援金をほとんど提供できないまま支援活動を切り上げざるを得ない状況になっていました。このような状況の中、私たちが行った募金はどこへ行き、どこに使われているのか、また、本当に支援のために使われているのか。という疑問が湧き上がってくるとともに、私たちは私たちなりに何かスタディツアー流の支援が出来ないだろうかと考えるようになっていました。

 スタディツアーの会では、「国際理解」、「民際交流」「小さな援助」が三つの柱になっており、以前からツアーで訪問した集落に古着、学用品、遊具、本などの寄付やコミュニティビジネスのための資金提供などを「小さな援助」として、わずかながら行ってきた経緯がありました。その経験を生かし、ローカルNGO、地域社会との関係醸成、いわゆる民際交流を基盤にした援助を災害支援においても行なってみようという考えに至りました。

 民際交流を行うためには、まず現地にいくこと、見ること、聞くこと、話をすること、一緒に働くことが重要になります。どうしたら安全に行くことができるのか?現地がどのような状況なのか?何を必要としているのか?そして私たちに何ができるのか?私たちは一つ一つ論議し、様々な人から協力を受けながら準備をしてきました。
 さらに現地においても、村長の要請だけ頼らず、直接村民一人一人にインタヴューし、また被災地を実地調査しながら考え、その調査を通じて地域住民の人柄を知ったのちに、援助を決めていくプロセスを重視しました。一つの調査地に時間をかけて話を聞き、時には歌をうたったり、ゲームをしたりしながら、こころの交流を含めた援助が出来たと思っています。

 思いは伝えたい、ともに地球市民としてお互いに認め合いたい、楽しみたい、怒りたい、笑いたい。支援額こそ小さいながら、一般市民が直接現地へ行き、支援をするこの試みは、国際的大災害に対する民際交流・協働の草の根から育てるオルタナティブの支援であったと考えています。

 この支援活動を行った一年間、スタディツアーグループは、様々な市民の支援者、インドネシアの協力者の皆様から温かい協力を受けながら支援を行って参りました。ご支援本当にありがとうございました。

□概要

 三鷹国際交流協会(MISHOP)自主グループ スタディツアーの会では、2005年7月にニアス島で被災状況について調査を行い、南ニアス県ヒリガノウォ村の送水管修復、汲み上げポンプ設置、ゴミ箱設置のために400,000 円相当のプロジェクトを行った。
この支援は本スタディツアーの会とニアス島のローカルNGO のLPAM-Nias (Lembaga Advokasi Masyarakat-Nias)と協働して行われた。

 帰国後、9月にMISHOP NGO交流事業「市民が考える国際協力」に参加して、帰国報告を行い、12月に報告書「スマトラ沖地震被災者支援報告書 北スマトラ州・ニアス島—市民が考える国際協力—」を発行。
本年2006年夏に、プロジェクトの進捗を調べるためにニアス島へ再訪する予定。

□派遣団と支援地の決定について

 MISHOPスタディツアーの会では、半年間におよび支援策について議論を行った上で、ニアス島へ派遣団を送った。ニアス島では、スマトラ沖地震の被害を調査した後に、プロジェクトおよびプロジェクトサイトの決定を行った。
派遣団(リーダー:西田昌之 副リーダー:小高武甫 アドバイザー:新津晃一教授、メンバー: 池田和 林仁美 ジャヤポーン・セリーロー(Jayaphorn Seereroj)  6名)は村民とのインタヴュー、現地調査によって被害調査を行った。
この調査の間に、歌をうたったり、言葉を教えあったりすることを通して相互交流を図りながらおこなわれた。こういった相互交流の中で、村民との一緒になってプロジェクト成功させるよう配慮行った。

□詳細はホームページよりご覧下さい。

・MISHOP Study Tour Group ホームページ
・LPAM-Nias (Lembaga Advokasi Masyarakat-Nias) ホームページ
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■日程:2005年7月17日(日)〜26日(火)

2005年年7月日程
17日(日)14:45クアラルンプール発
14:40メダン着(MH 864)
ホテルへ
メダン市内ホテル泊

18日(月)8:30朝食
10:00故スィナが氏の父上っとホテルで面会
12:00LPAM-Niasメダン事務所のデウィ&デビィと昼食
13:00飛行機チケット受け取り、支援金両替、必需品購入
ホテルへ
メダン市内ホテル泊

19日(火)9:30朝食
11:00メダン初(Merpati)
13:00グヌンシントリ着。空港前赤十字支援倉庫視察、グヌンシトリ市内視察。
14:00LPAM-Nias事務所着
19:30事務所で会議
21:00夕食
LAPAM-Nias事務所泊

20日(水)8:30朝食
9:00グヌンシトリ発(四駆ジープとバンに分乗)
11:00バウォラト(Bawolato)国内避難民(IDP)キャンプ調査
12:30昼食
14:30ヒリガノウォ(Hliganowo)を調査。村重役と会合
17:00テルクダラム(Teluk Dalam)の水道工と交渉
19:00ソラケ(solake)のホテル着
21:00夕食
ソラケホテル泊

21日(木8:00朝食
9:30ホテル発
11:00ヒリガウォを水源まで送水管んの踏破調査
14:00水源着
16:00帰村、村内聞き取り調査・村重役と会合
17:00夕食、水道工と村重役との予算について交渉
19:00ホテル着
20:30ミーティング
ソケラホテル泊

22日(金)8:30朝食
9:30出発
10:00ヒリアマエタン(Hiliamaetan)下村の被災地及び上村伝統家屋群視察
12:00ヒリアマエタンの公共水場の修理について会合
13:00昼食
14:00テレクダラム(Teluk Dalam)国内避難民(IDP)キャンプ視察
17:00ホテルへ
19:00夕食
20:00ヒリガウォの送水管計画についてLAPAM-Niasの都市計画技師・水道工と相談
ソラケホテル泊

23日(土)8:30朝食
9:00出発
10:30ヒリガウォの村長と会談
12:00昼食
14:00西回りルートでグヌンシトリへ向かう。途中車を2箇所で押す、橋が崩壊し足止め
23:00グヌンシトリ着
グヌンシトリ市内LAPAM-Nias事務所泊

24日(日)9:00朝食
10:00LAPAM-Nias事務員を交えて支援会議
12:00覚え書き作成
13:00ヒリガウォ村長、水道工、LAPAM-Niasで覚え書きに調印式(新聞、ラジオを呼ぶ)
15:00オロラ(Olora)国内避難民(IDP)キャンプ及びモアウォ(Moawo)公共井戸を調査
19:00夕食
21:00LAPAM-Nias事務局長と会議
23:00覚え書き作成
LAPAM-Nias事務所泊

25日(月)9:00朝食
9:30手押しポンプの価格調査
12:30LAPAM-Nias事務所発
13:30グヌンシトリ発
14:30メダン着
15:00ホテル着
16:30LAPAM-Niasメダン事務所訪問
17:30援助資材購入
19:00夕食
26日(火)10:10メダン発→クアラルンプール着(MH861)
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by niasu05 | 2006-04-03 14:21